先日、「ひかりふる路」を観ました。ロベスピエールが主人公の物語を宝塚歌劇でという夢が叶いました(私とロベスピエールとひろきさんと - 吾輩はヅカオタである。)。生田先生ありがとうございます。
観劇前に舞咲りんさんが演じる「オランプ」という役名に「1789」のヒロインであるオランプのことを思い出しました。同じフランス革命もので名前を使ってくるなんて生田先生は宝塚好きなんだな~と思っていました。
マリーアンヌがオランプたちに出会う場面で女性も自由でいい!と語るオランプや彼女の仲間たちに、彼女は別の作品のオマージュではなく「オランプ・ド・グージュ」だと思いました。
オランプ・ド・グージュ、フェミニズムの先駆者で女性の権利のために戦った人です。
フランス人権宣言(Déclaration des Droits de l'Homme et du Citoyen)は直訳すると「男性と男性市民の諸権利の宣言」ですが、フランス語の「homme」は「男性」とも「人間」とも訳すことができます。英語の「man」が男性と人間の両方に訳されるのと同じです。
「人間」には女性が含まれておらず、人権や権利を与えられたのは男性だけであることを訴えたのがグージュです。Citoyenはベルサイユのばらの「シトワイヤゆこう!」のセリフでもおなじみで、男性市民を意味していることを私たちはよく知っています。マリーアンヌもシトワイヤンヌと名乗っていました。
手元にあった本より引用します。
グージュは「男性」を「女性」に「男性市民」を「女性市民」に書き換えた「女性と女性市民の諸権利の宣言」を発表し、女性の参政権を要求した。権利を実現するための政府の運営に女性も参加すべきと考えたからだ。しかし、当時のフランス社会は女性が政治的な意見を表明すること自体を受けいれなかった。グージュは「女性としての徳を忘れた」と批判され、最終的に「反革命の罪」で処刑された。女性は子供などの扶養家族と同様、家長である父、夫、兄などの男性に付属するものとして、「法の下に平等な権利」を有する「人」には含まれていなかったのだ(青山, 2013, pp.134-135)。
私がオランプという名前について知っているのはこれくらいです。
オランプたちの役どころは「女性運動家」でした。
「”女性”運動家」、それは「運動家」が当然「男性である」という意味合いを持つために、「一般には男性を指す単語であるが、女性の」ということです。「男性運動家」という使い方はされないでしょう。ことばはそのことば自身以外の意味合いも内包しています。キャスト紹介の「女性運動家」という表記が悪いと言いたい訳ではありません。「人間」も意味する「homme」が「男性」という意味は持つけれど「女性」という意味を持たない非対称性に気付いたグージュはすごいなぁということです。
フランス革命を生きる演目にて、女性が人権について声を上げる場面があったことが嬉しかったです。女性の権利は人権である。
オランプ、いい名前ですね。
参考文献
千田有紀・中西裕子・青山薫(2013)「ジェンダー論をつかむ」有斐閣